ブログの曲学阿世

心理を曲げて世間の気に入るようにこびへつらう。

中国文学の日本文学への影響

学生時代に習った国語便覧を読み返す。

土佐日記紀貫之

土佐日記は、作者が晩年に土佐の守となって任地に赴き、四年の後、土佐を出発して都へ帰着するまでの道中の経験を書き記したもので、女性に仮託して仮名で書かれている。

しかし作者の漢詩文についての素養によって、漢詩文に学んだ手の込んだ表現がなされており、漢文訓読調の硬さがちこちに見られる。

 

枕草子清少納言

清少納言は古典的教養という点では、かなり恵まれた家系に生まれ育った。父の元輔は梨壺の五人の一人であり、曽祖父の深養父は「古今和歌集」の歌人。叔父の元真は漢学者であり、兄の戒秀歌人であった。

幼いころから自然に身に付いた古典の教養、特に漢学の素養は、中宮定子のもとに宮仕えしてのち、折にふれて披露された。

 

源氏物語紫式部

紫式部清少納言同様に、一族に多くの歌人、文人のいる環境に育った。幼少の頃より聡明であったとみえ、父の為時が「口惜しう男子にてもたらぬこそ幸なかりけり」と嘆いたことは有名である。

源氏物語には随所に中国文学の影響が見られる。特に白居易の「長恨歌」から受けた影響は、二つの作品を読み比べてみるとすぐに分かる。

 

 

 

 

 

 

学校体育からブルマが消えたことを知らない浦島オジサン

若い頃、特に自分が10代の学生の頃は古今無双なほど年下の女の子は苦手だった。
そりゃ、すげー可愛い子もいるけど、でもやっぱり子供でダサい感じがしてね。それがこの歳になって、年下の女の子に憧れてしまっている。30歳を過ぎたあたりからだろう。通学中の制服を着た通学中の女性に ついつい目がいくようになったのだ。いやらしい目線と言えば、そうかもしれないが、でもなんか違うんだよね。これがきっと若さに憧れるってことなんだろう。これが寂滅為楽です。ぴちぴちの躍動感が羨ましい。今では同世代の女性には全然興味を覚えない。

 話では男性は20代が性欲盛んだが、女性の場合は40代らしいでも、40代女性としたいとか全然思わないけどな。

ところで実は私は世の中から学生体操服のブルマがなくなっていたことを全然しりませんでした。話では平成の初め辺りに無くなったとのことですが自分は丁度その頃に学校を卒業したわけです。

 卒業後はもう学校へ行く機会は減るじゃないですか、仮に行ったとしてもわざわざ運動場や体育館をを覗きはしないし。もし女学生を覗いていたら、それこそ変態じゃないですか、隠忍自重です(汗)、だから自分が卒業後の学生の実情を全然知り得ませんでした。

結婚して子供がいるならば、学校の実情も知ることが出来ますでしょね。しかし独身なら、もう全然分かりませんよ。もしかしたら私以外にも世の中からブルマが消えたことを知らない人もいるかもしれませんね(謎

ちなみにアダビデオの女子校生の世界ではいまだにブルマですよ。カテゴリー分類にも体育服ブルマと書かれてあり、スパッツやショートパンツという言葉は見当たりません。だから私は女学生がブルマを履いているのが当然とばかり未だに思っていたんですよ。いやあ、お恥ずかしい。まさに自分だけ浦島太郎の状態でした。

 

 

 

 

詳しく歴史本を読むと今川義元は名将だったらしい。

しばらくは司馬遼太郎先生の本でも読んで過ごすとしよう。歴史ものの本ばかりを読んでいる。しかし今思えばその先生の影響力は凄いものだ。というのは歴史上の人物像、それは小説を書いた先生によって人々の心に印象を受け付けられるからだ。

歴史好きな人なら、自分なりに調べて違った人物像を描いていくのだが、それは後の話。例えば、今川義元桶狭間の戦い織田信長に敗れたことで有名だが、義元の人物像は、公家!お歯黒をして文化人を気取って、さらに馬にも乗れず、カゴに運ばれて移動する。まるっきり高慢ちきで偉そうなやつ。

しかし調べてみると、今川義元はすごく立派な武将のようだ。彼の息子こそが上記のような人物像であって、親である今川義元は彼の息子にあてた書置きの文章をみればそれが分かる。その文中で、義元こそが、武士として遊ぶびほうけていてはダメだ。武士としての心構えを息子に説いている。武に勤しむべしとお説教しているのだ。これを見ても義元自身が、文化を気取った遊び人でないことが分かる。英名闊達な名武将なのだ。というか彼はもともと相続から北条、武田、そして徳川、織田相手に戦いの連続の人生だ。そして100万石の大名になった。桶狭間で敗れたのは、運としか言いようがない。油断でもいいけどさ。

そんな優れた戦国武将の今川義元。しかし現代の彼のイメージは、やはりお歯黒貴族なんだよね。そういったイメージを植え付けたのは正確な歴史的資料ではなく、小説家の先生方であることは間違いないだろう。

 

 

 

 

中学校の校歌は習って無い、歌えない。

自分が高校のときは、入学最初に応援団がやってきて、校歌を歌う指導があった。 大声で歌うんだ。何か知らんけど応援団のノリで大声で歌わされた。先生の介入は無かった。よう分からんが、自分の学校に誇りを持てってことだったのかな。どこの学校もそうなのかな?そして高校大会とかで歌うんだよ。とにかく高校では校歌をよく歌った気がする。いまでも校歌は覚えている。あ、でも2番は歌えないや(汗

小学校の校歌も歌えるよ。小学校もなにかと校歌を歌う機会が多かったからだ。 毎年の入学式、卒業式、体育大会などなど。しかもうちの小学校は歌が良いリズムでノリが良い。普通、校歌は清廉潔白なリズムが多い中、ちょっと変わっていたと思う。うちだけだったのか、小学校はどこもそうなのかは分からない。他校の校歌って高校野球でしか知らないよね。

で、全然校歌を歌えないのが中学校だ。 実は入学した時はほとんど習わない。というか習った記憶が無い。そして歌う機会すらない。

でも必要になってくるのは卒業式のときだった。はっきりいって全員歌えない。だって習っていないんだから(笑)、だから、クラスで猛練習するのだ。卒業前に一時的にね。印象は薄く、いまはほとんど歌えない。最初のワンフレーズくらいだ。

 

もっとも印象的に覚えているのは・・・たぶん。PL学園の校歌だろう。あはは・・・(笑)、ああ~~ぴいえる~いいえる~とわの学園~~♪あのころはPL学園強かったからな、テレビで見る機会が多かったしね。最近は全然聞く機会がなくなった。何やらゴタゴタしているようですね。またテレビでPL学園の校歌を聞いてみたくなった。